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仕事観第六話 構造を見抜くとは、暗黙知になるまで考え続けた先に立てること──バック入庫と、SFIの逆説

構造は、フレームワークで捉えられるほど単純な形をしていません。複雑に絡み合った立体です。それを扱う力は、長年考え続けたその先に、暗黙知として身につく。車のバック入庫の例と、SFI開発の逆説から書きます。

みなさん、こんにちは。Vertysの山本です。

シリーズ最終回です。ここまで、時間軸、内面のずれ、思考の階段、多様性、深堀りと書いてきました。最後は、これらを貫いてきた芯の話です。

構造を見抜く。

先に、率直に書きます。この話は本当に難しく、私自身、まだ十分に言語化しきれてはいません。それでも、今、言葉にできるところまで書きます。

「型」や「フレームワーク」では、届かない


前回まで、構造を、「型」に近い言葉で書いてきました。ただ、実務で必要になる「構造を見抜く力」は、この言葉では届きません。

現場に現れる構造は、こういう形をしています。

  • 変数が数十から数百ある
  • それらが、多層で絡み合っている
  • 時間軸の異なる要因が、同じ場面で同時に効いている
  • 見えている要因の裏に、見えていない要因が層をなしている
  • 部分ごとの因果が逆向きに働き、合成されて表に出てくる

これは、平面のフレームワークでは、原理的に捉えられません。「複雑に絡み合った立体」です。無理に既存のフレームワークに当てはめれば、当てはまるところは捉えられて、当てはまらない大事なところが、丸ごと視界から消える。

構造を見抜く力とは、「この立体を、立体のまま扱える感覚」のことです。平面に潰さない。単純化しない。複雑さを、複雑さのまま抱えて、そのなかで動く要因を捉えていく。

車のバック入庫と教本の関係


これを、車のバック入庫の例で書きます。

教習所の教本には、こう書いてあります。「左後ろの窓から隣の車の角(ポール)が見えたら、ハンドルを切り始める」。この手順は、明確です。

ところが、現実のバック入庫は、教本の想定を大きく超えて多様です。駐車枠の幅、前後の車のはみ出し、路面の傾き、車体の大きさ、視界、時間的圧力——シチュエーションは、事実上、無限にある。「窓枠のこの位置に来たら切る」という一次元の指示だけで対応するのは、不可能です。

それでも、運転のうまい人は、一発で駐車できる。理由ははっきりしていて、その人のバック入庫は、教本の手順の集合ではなく、「身体化された暗黙知」になっているからです。ハンドルの手応え、車体の傾き、隣の車との距離感、路面、視界——これらを、意識せず同時に処理している。少し違うシチュエーションでも、微修正が反射的に入る。

教本を丸暗記しても、この状態には絶対に到達しません。何百回、何千回とバック入庫を繰り返し、失敗と成功のフィードバックを身体に染み込ませて、初めて到達する。教本は、身体化に至るまでの、最初の足がかりでしかない。

構造を見抜く力も、同じ道をたどる


造を見抜く力も、まったく同じ道をたどります。

  • フレームワークや思考法の教本は、最初の足がかりとしては有用
  • しかし、教本を暗記しても、実務の立体的な構造には届かない
  • 具体と抽象の往復を、何千回も繰り返して、初めて身体化される
  • 身体化された段階で、意識せず複雑な立体をそのまま扱えるようになる

つまり、構造を見抜く力は、手順化できるスキルではなく、「暗黙知として身体化されたスキル」です。この段階まで来ないと、実用として使えない。

一足飛びに到達する方法はありません。長年、具体と抽象を行き来し続けた人だけが、その先に立てる。到達するかしないかは、日々の往復を、途切れさせずに続けたかどうかにかかっています。第1回の「少しずつでいい、しかし途切れさせない」は、実はここに繋がる話でした。

SFI開発の逆説


私たちが開発しているSFIは、**現場に眠る暗黙知を、数値化して活用する**というテーマを掲げています。ベテランの職人の技を、条件のロバスト化、多峰性への対応、周辺の平坦さのスコア化、という形で、数値の上に置き直す。

このテーマで開発を進めていくうちに、私はある逆説に気づきました。

皮肉なことに、人間は、暗黙知に落とし込まないと、どんなスキルも、どんな知性も、実用には足りない。

数値化された知識、明示化された手順、フレームワーク化された思考法——これらは大事な足がかりです。ただ、これらだけを持っている段階では、シチュエーションを超えて機能する状態にはならない。バック入庫の教本と同じで、手順を暗記しただけでは、複雑な現実に対応できない。手順が身体化され、意識せず使いこなせるようになったとき、初めて実用のスキルになる。

SFIは暗黙知を数値化する道具です。ただし、その道具を使うベテランの側は、数値化された結果を、自分の暗黙知と照らして判断を下します。「道具は、暗黙知を助ける補助輪であって、暗黙知を代替する存在にはならない」。ここは、SFIを設計しながら、繰り返し噛みしめているところです。

シリーズ全体の芯


5回で書いてきたことは、暗黙知に到達するための、最初の足がかりでしかありません。

  • 時間軸を長く取ること
  • 発言と内面のずれに、覚悟して踏み込むこと
  • 思考の階段を、状況に応じて登り降りすること
  • 多様性を、忍耐と換金で運用すること
  • 深堀りを、具体と抽象の往復として実装すること

これらを読んで理解したから、明日から構造が見抜けるわけではありません。日々の現場で、何千回と往復を繰り返して、初めて暗黙知として身体化されていきます。

長年、正しいと感じてきた感覚が、実感として言葉になり、暗黙知として身体に落ちていく。この過程には、たぶん、終わりはありません。50歳、まだ半分。私も、この続きを、少しずつ、途切れさせずに積んでいきます。

今日のまとめ


  • 構造は、フレームワークで捉えられる平面ではなく、複雑に絡み合った立体
  • 立体を扱う力は、長年の往復を経て、暗黙知として身体化される
  • 車のバック入庫と同じで、教本は足がかり。身体化されて初めて実用のスキルになる
  • SFIは暗黙知を数値化する。ただし、その道具を使う側にも、暗黙知が要る
  • シリーズで書いてきた5回分は、暗黙知に到達するための足がかり

シリーズを閉じます。読んでくださって、ありがとうございました。

次のシリーズは、この暗黙知の話をもう一段掘ります。

「暗黙知は、いつ、どうやって生まれるか」。

SFI開発の実務のなかで、今、一番考えている問いです。

それでは、また次回。

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