第9回(最終回):資本参加でも借入でもない、信頼を構造に組み込む第三の形|ゼロリセットで考える、強い会社の設計論

「ゼロリセットで考える、強い会社の設計論」は、BtoB製造業向けソフトウェア事業を立ち上げる創業者が、強い会社をゼロから設計し直す全9回の連載です。
資本参加と借入。スタートアップの資金調達には、もう一つ別の道があってよいのではないか。複数の会社が合理的な理由で参加し、開発費とリスクを分散し、将来利益で何倍にもして恩返しする。信頼を構造に組み込んだ第三の形。連載全体を貫く「初回ではなく、継続を価値とする」思想に着地する、最終回。
前回の最後で、こう書きました。残った開発費を、どう調達し、誰とどうリスクを分け合うか。そして、ここまでの開発費圧縮も、自分たち単独ではなく、パートナー企業との協力関係によって支えられている部分が大きい、と。今回は、その話を書きたいと思います。
スタートアップが新規事業を立ち上げるとき、通常の選択肢は、だいたい決まっています。VC(ベンチャーキャピタル。スタートアップに投資し、その成長によるリターンを狙う投資家・投資ファンド)から出資を受ける。金融機関から借りる。補助金を活用する。自己資金を投じる。どれも有効な選択肢で、これらを否定するつもりは全くありません。実際にこの仕組みから生まれた素晴らしい会社は、たくさんあります。
ただ、すべての事業が同じフレームワークである必要はないと思っています。特にBtoB製造業向けソフトウェアの領域では、顧客の現場理解、業界知見、導入後の運用、UI・UXによる現場定着、顧客のROIを本当に出せるか、こういった非常に泥臭い部分が問われます。この領域においては、資本市場だけでなく、顧客企業や業界企業と組んで事業を立ち上げる方法が、もっとあってよいのではないか、というのが今の自分の仮説です。
自分が考えたいのは、資本参加でも借入でもない、第三の形です。数億円から数十億円規模の会社と手を握り、開発費とリスクを分散する方法、と書くと、ただの受託開発のように聞こえるかもしれません。ただ、受託開発とは違います。受託になれば、顧客の要望通りに作って終わりになりがちで、普遍性のあるプロダクトにはなりにくい。一方で、単独のスタートアップとしてすべての開発費を背負えば、初期リスクが大きくなりすぎます。そのどちらでもない形を、構造として作りたいと思っています。
構造としてはこうです。資本参加はしない。借入もしない。開発費を複数の会社で分散する。そして、事業が将来利益を生んだときに、その利益から何倍にもして恩返しする。古い言葉で言えば「信頼」に近い仕組みなのですが、単なる情緒の話ではなく、信頼を事業構造に組み込むという話です。
リスクを誰かに押しつけるのではなく、リスクを設計し直す、ということです。
ここで一番気をつけたいのは、誰にもリスクを押しつけないことです。開発会社に安く作らせる、協力会社に無理をさせる、顧客に未完成品を押し込む、社員に負荷を寄せる。これらは、リスク分散ではなく、リスクの押しつけです。形だけ似ていますが、構造はまったく違います。
本当のリスク分散は、複数の会社が、それぞれ合理的な理由を持って参加することだと思っています。ある会社は、将来そのプロダクトを使うことで自社の業務改善ができる。ある会社は、自分たちの業界知見をプロダクトに反映できることに価値を感じる。ある会社は、将来の利益分配や優先利用権によってリターンを得る。そして自分たちは、開発と事業化を担い、将来の収益で参加企業に報いる。
参加する全員が「なぜ自分たちがこのリスクを取るのか」を、曖昧な期待ではなく明確な仮説として、好意ではなく合理性として、単発の取引ではなく将来の利益を共有する関係として理解している。この状態をつくれるかどうかが、たぶん勝負どころです。
ここで、失敗・撤退の設計について書いておきたいと思います。
この仕組みが本当に機能するためには、失敗時の被害が、参加する全員にとって受け入れ可能な水準にとどまっている必要があります。誰か一社が壊滅的な被害を負う構造になっていれば、信頼は成立しません。
具体的には、最悪の失敗シナリオを、最初から設計しておきたいと思っています。事業が想定通りに伸びなかった場合、自分たちの会社は、現状の少人数体制以上には人を増やせない、報酬は上がらない、というレベルで止まる構造にしておく。パートナー企業の開発工数は、最低限回収できるラインを守る。誰も家を取られない、誰も致命傷を負わない。これが、信頼で繋がる仕組みの前提条件です。失敗時の被害が壊滅的でないと分かっているから、相手も乗ってこられる。
この仕組みは、契約書だけで動かそうとした瞬間に、止まります。もちろん契約は必要で、条件、分配、責任範囲、これらはきちんと決める必要があります。ただ、契約だけで動かそうとした瞬間に、この仕組みは機能しなくなります。
参加企業が自分たちの実行力を信じられること。自分たちが参加企業の本気度を信じられること。お互いが短期的な損得だけで動かないこと。事業が成功したときに、きちんと報いる仕組みがあること。こうした前提が崩れると、どれだけ精緻な契約を結んでも、構造としては機能しなくなります。
信頼という言葉は、よく曖昧に使われます。ただ、ここで言いたい信頼は、感情のことではありません。相手が何を重視しているかが分かる、約束を守ると見込める、都合の悪い情報も共有される、短期的に不利でも長期的に正しい判断ができる。これが、ここで言う信頼です。
信頼は、コストを下げます。調整コストを下げ、監視コストを下げ、意思決定を速くします。逆に、信頼のない関係では、どれだけ良い契約を結んでも、事業は遅くなります。だから、このフレームワークにおいて、信頼は精神論ではなく経済合理性そのものだと思っています。
ここまで書いてきて、自分でも気づくのは、このパートナー企業との関係設計が、第4回・第5回で書いた、社内のインセンティブ設計と、同じ思想で貫かれているということです。
社内のインセンティブは、初回取引と継続契約を同等に扱う設計でした。新規受注の瞬間で終わりではなく、その後の継続的な関係に価値を置く設計です。パートナー企業との関係も、構造的に同じです。単発のプロジェクトとして開発費を分け合って終わりではなく、事業が育ち、利益が生まれ続ける限り、関係が継続し、リターンが分け合われ続ける。単発ではなく継続を価値とする、という思想が、社内のインセンティブとパートナー企業との関係の両方に、一貫して流れています。
社内で継続を重視する設計を持ちながら、社外のパートナー企業とは単発の取引で済ませる、というのは、思想として整合しません。だから、社外との関係も、同じ思想で組みたい。これが、自分たちが目指す第三の形の核にあります。
ここまで書いてきたこの第三の形は、既存のスタートアップのエコシステムを否定するための話ではありません。投資家がリスクを取り、起業家が挑戦し、大きな市場を取りに行く。この仕組みによって生まれた会社はたくさんありますし、それは本当に素晴らしいことです。自分がやりたいのは、その仕組みを否定することではなく、その横に、もう一つ別の道をつくれないか、ということです。
特にBtoB製造業向けソフトウェアの領域では、顧客に近い会社と組み、現場の課題を持つ会社と組み、開発費を分散し、プレPMFで確実性を上げ、要件定義を外さず、少数精鋭の社員で進め、将来利益で参加企業に報いる。こういう形が成立する余地は、自分が思っているよりも大きいのではないか、というのが今の手触りです。
ここで、連載全体を振り返っておきたいと思います。
第1回で、強い会社とは何かという問いを置きました。顧客と長く付き合い、社員と長く一緒にいて、事業が長く続く。この三つが重なるところに、強い会社がある、ということを書きました。
第2回で、社員の幸せ、顧客の満足、会社の永続。この三つは、対立して見えてもその下にある指標の取り方、時間軸の置き方、コスト構造、インセンティブ設計のどれかが原因で、設計次第で同時に成り立つ、という前提を立てました。
第3回で、人が強くなる構造を、広い仕事とフィードバックの経路で書きました。
第4回で、事業構造に思想を埋め込む話として、月次解約・低初期費用、営業インセンティブの再設計、属人性の資産化の三つを書きました。
第5回で、顧客との距離を構造で守るために、フロントのN数、KPI、そしてKPIと報酬の連動の五つの層を書きました。
第6回で、これらを真面目に運用していくと、必然的に行き着く形として、会社グループの話を書きました。
第7回で、ここまでの構造を成立させる前提として、生成AIネイティブの組織設計を書きました。
第8回で、初期費用を抑えながら確実性を上げる事業開発の方法を書き、そして本回で、残った開発費とリスクを、信頼を構造に組み込んだ第三の形で分け合う話を書きました。
それぞれの話は、独立に存在しているように見えるかもしれません。ただ、自分の中では、これらは一つの構造として接続しています。そして、振り返ってみると、連載全体を貫く一つの思想があったように思います。
それは、初回ではなく、継続を価値とする構造を、事業のあらゆる層に埋め込む、ということです。
顧客との関係は、月次解約と低初期費用で、継続される価値を出し続けるしかない構造にする。社内のインセンティブは、初回取引と継続契約を同等に扱う設計にする。KPIと報酬は、顧客側の継続価値に連動させる。パートナー企業との関係は、単発の取引ではなく、長期の信頼関係として設計する。会社グループは、継続を重視する思想を全体で共有する。上場までの道筋も、外部大型調達による短期成長ではなく、利益再投資による純増で、長期で会社を残す方向を選ぶ。
すべて、初回より継続を価値とする、という同じ思想で貫かれています。これは意図して最初から設計したというよりも、強い会社を真面目に考えていくと、必然的に行き着いた思想だったように、振り返ってみて感じます。
最後に、ここまでの道のりを支えてくれている人たちへの感謝を書いておきたいと思います。
すでに自分一人ではありません。クリエイティブを担う一人、バックオフィスを担う一人。二人とも、創業初期の手探りの状態から、広い仕事を受け止め、自分の領域を自分で広げてきてくれました。第3回で書いた「人は、ちゃんと任されると、ちゃんと強くなる」という仮説は、二人の動きを目の前で見ながら、自分自身が確信を深めていった話でもあります。
そして、これから加わってくれる営業の仲間たち。今、自分が一人で担っている顧客接点を、共に持ち、広げ、深めていってくれる存在です。第5回で書いたフロントのN数の話も、第4回で書いた営業インセンティブ設計の話も、彼らがいて初めて、構造として動き始めます。これからの数年、共に立ち上げていく時間が、たぶん自分にとって、これまでで最も濃い時間になるはずです。
連載タイトルである「ゼロリセットで考える、強い会社の設計論」は、ここでようやく、設計論から設計実践へと接続します。ここまで書いてきたことが正しかったかどうかは、これからの数年で答えが出ます。間違っていたところは、間違っていたと、その都度書いていきたいと思っています。
ここまで読んでくださった方に、感謝を申し上げます。製造業の未来をソフトウェアで支える会社として、そしてスタートアップのつくり方そのものを少しアップデートする会社として、Vertysは、ここから始まります。
(連載 完)







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