第2回:同時に成り立たないと思われてきた、三つの目的|ゼロリセットで考える、強い会社の設計論
「ゼロリセットで考える、強い会社の設計論」は、BtoB製造業向けソフトウェア事業を立ち上げる創業者が、強い会社をゼロから設計し直す全9回の連載です。
経営の通説では、社員・顧客・永続のどれかを優先すれば、他が犠牲になる。ただ、対立しているのは目的そのものではなく、その下にある構造ではないか。指標の取り方、時間軸の置き方、コスト構造、そしてインセンティブ設計。この四つを再設計すれば、三つの目的は同時に成り立つ前提として組める。連載第2回。
本稿の用語
| 用語 | 意味 |
| インセンティブ設計 | 社員の行動を促す報酬・評価の仕組みの設計。 給与体系、賞与、業績連動報酬などを含む |
| ストック収益 | 月額・年額など、継続的に積み上がっていく形の収益。 契約が続く限り計上される |
前回、強い会社は強くなる構造を最初から組み込んでおくもの、ということを書きました。では、その構造を設計するときに、何を目的として置くか。ここが今回のテーマです。
会社の目的は何ですかと問われると、多くの経営者が一つに絞ろうとします。社員のために。顧客のために。株主のために。社会のために。どれも立派な答えで、それ自体は間違っていません。ただ、一つに絞った瞬間、他のものが犠牲になる構造に追い込まれる、ということが、現場ではよく起きます。
社員のためを最優先にすれば、短期的な顧客対応の質が落ちることがあります。顧客のためを最優先にすれば、社員の負荷が膨らんでいきます。株主のためを最優先にすれば、目の前の数字を取りに行く判断が増え、長期の事業価値が削られていく。社会のためを最優先にすれば、稼ぐ力そのものが弱まり、結局は何も続かない。一つに絞るというのは、聞こえはいいのですが、他の何かを諦めることと、ほとんど同じです。
自分が設計したいのは、三つの目的を同時に成り立たせる構造です。社員の幸せ。顧客の満足。会社の永続。この三つを、どれか一つの犠牲のうえに成立させるのではなく、同時に成立する前提で組み立てたい、ということです。
こう書くと、理想論に聞こえるかもしれません。実際、これまで何度も「同時には無理だ」と言われてきました。社員に良くしようとすれば、顧客や財務にしわ寄せが行く。顧客に良くしようとすれば、社員が消耗する。永続を狙えば、目の前の社員や顧客への配分が薄くなる。経営とはトレードオフの連続であり、どこかで諦めなければならない。これが、世の中で語られる経営の通説のように思います。
ただ、自分はこの通説に、ずっと違和感を持ってきました。
三つが対立しているように見えるとき、よく観察すると、対立しているのは三つの目的そのものではなく、その下にある構造であることが多いからです。目的が対立しているのではなく、設計が未熟だから、対立して見えているだけ。そういう場面を、何度も見てきました。
三つの目的は、本来は対立しないのだと思っています。対立して見えるのは、シーソーの設計が悪いだけです。
シーソーで考えると分かりやすいかもしれません。普通のシーソーは、片方を上げれば、もう片方が下がります。これが、トレードオフという言葉が前提にしている世界観です。ただ、シーソーは支点の位置を変えれば、両側を同時に上げることができます。台の構造を変えれば、二人が同時に上に乗ることもできます。要するに、シーソーという構造そのものを再設計すれば、対立していたものが、対立しなくなることがある、ということです。
経営の世界で、この対立を生む構造的な原因は、自分の観察ではだいたい四つに収まります。指標の取り方、時間軸の置き方、コスト構造、そしてインセンティブ設計。この四つのどれかが、対立を生む方向に組まれていると、三つの目的は、本来対立しないはずなのに対立します。
たとえば、社員の幸せと顧客の満足が対立して見えるとき、よく原因になるのは、社員の評価指標が、顧客の状態と切り離されていることです。短期売上だけで評価されれば、社員は無理な提案をしますし、顧客満足は下がります。逆に、顧客満足を評価指標に組み込めば、社員は顧客にとって本当に良いことを提案するようになり、結果として社員のやりがいも上がります。これは精神論ではなく、指標の取り方を変えるだけで、対立構造が変わる、という話です。
顧客の満足と会社の永続が対立して見えるときも、似た構造があります。値下げをすれば顧客は喜びますが、利益が薄くなり、会社の体力が削られていきます。これは、価格を「単発の取引」として扱っているから対立するのであって、長期の関係として扱えば、適正な価格と長期の顧客満足は両立します。月次解約のような構造を入れれば、顧客は嫌になればいつでも辞められるし、事業側は良いサービスを続けるしかなくなる。価格の高さと顧客満足が対立せず、むしろ一致する構造が作れます。
社員の幸せと会社の永続が対立して見えるときも、たいてい原因はコスト構造です。固定費が高く、売上が落ちたときに人件費を削るしかない構造を持っていれば、永続のためには社員を犠牲にするしかなくなります。逆に、固定費を低く保ち、利益の一部を社員に厚く配分する構造を持っていれば、永続と社員の幸せは同じ方向を向きます。
そして、もう一つ、特に重要だと感じているのが、インセンティブ設計の話です。
たとえば、営業の評価が新規受注だけに大きく偏っているケース。これは一見、攻めの組織を作っているように見えます。ただ、よく見ると、社員にも顧客にも、長期の永続にも、全てに悪く効きます。営業は新規を取った瞬間に評価が終わり、契約後の顧客は放置されがちになります。顧客は契約後に十分な価値を受け取れず、解約が増えます。解約が増えると、また新規を取らないと売上が回らないので、組織は常に消耗します。社員は疲弊し、顧客は離れ、永続は遠ざかる。三つの目的が、すべて同じ構造によって損なわれるのです。
逆に、初回取引と継続契約を同等に扱うインセンティブ設計にすれば、営業は契約後も顧客と向き合い続け、顧客は長期的な価値を受け取り、社員は短距離走を強いられず、会社はストック収益が積み上がる。三つが、同じ方向を向きます。インセンティブ設計は、こういう力を持っています。これも、第4回・第5回で詳しく書きたいと思います。
つまり、三つの目的が対立して見える場面のほとんどは、目的そのものが矛盾しているのではなく、その下にある指標の取り方、時間軸の置き方、コスト構造、インセンティブ設計のどれかが、対立を生む方向で設計されているということです。設計を変えれば、対立はかなりの部分まで解けます。
もちろん、すべての対立がきれいに消えるとは思っていません。経営には、最後まで残るトレードオフもあります。ただ、消せる対立を消さないまま、「これは仕方ない」と諦めてしまうのは、設計者として怠慢だと思っています。諦める前に、構造を疑う。これが、強い会社を作る出発点だと考えています。
自分自身に言い聞かせたいのは、三つを同時に成立させると口で言うのは簡単だ、ということです。実際の経営判断の場面では、目の前の数字に追われ、短期的な解の方向に流れてしまいます。だからこそ、判断する前提となる構造を、最初から三つを同時に成立させる形で設計しておく必要があります。判断の瞬間に意識する、というレベルでは、必ず流されます。構造として埋め込んでおかないと、続きません。
これは綺麗事ではなく、設計の問題です。社員の幸せ、顧客の満足、会社の永続。この三つを同時に成立させる構造をどう作るか、というのが、ここから先の連載で書いていく、本体の話になります。
三つを同時に成立させるには、まず社員が強くなる構造が要ります。
次回は、人が強くなる経路を、属人的な根性ではなく構造としてどう設計するか、を書きたいと思います。
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