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第4回:事業構造に、思想を埋め込む|ゼロリセットで考える、強い会社の設計論

「ゼロリセットで考える、強い会社の設計論」は、BtoB製造業向けソフトウェア事業を立ち上げる創業者が、強い会社をゼロから設計し直す全9回の連載です。

「顧客第一」と理念で書くのは簡単だ。ただ、年間契約で縛り、新規受注偏重のインセンティブで動く組織で、顧客が本当に第一になることはない。理念は、目の前の数字に必ず負ける。だから思想は理念ではなく、構造に埋め込むしかない。月次解約、低初期費用、営業インセンティブの再設計、属人性の資産化。事業構造そのものに思想を埋め込む三つの仕掛けを書く。

前回、人を強くする構造について書きました。広い仕事を任せ、判断の機会を渡し、フィードバックの経路を持つ。これが、人が強くなる構造の輪郭です。今回はその次、事業構造の話です。

会社の理念や思想は、たいていの会社が掲げています。顧客第一、誠実、信頼、長期視点。どれも美しい言葉で、それ自体に異論はありません。ただ、こうした言葉が、実際の事業判断の場面で機能しているかというと、自分の見てきた限り、機能していないことのほうが多いように思います。

なぜかというと、思想を理念として掲げるだけだと、目の前の数字や状況に、簡単に負けるからです。「顧客第一」と書いてあっても、四半期の数字が足りなければ、顧客にとっては不利な提案をすることになります。「長期視点」と書いてあっても、目の前の解約を防ぐために、本来やるべきでない値引きをすることになります。理念は、判断の瞬間に思い出すものとしては、あまりに頼りないのです。

だから、思想は理念ではなく、構造に埋め込むしかない、と考えています。

思想は、理念として掲げると風化します。事業構造に埋め込めば、簡単には風化しません。

自分たちが事業構造に埋め込もうとしている思想は、大きく三つです。一つ目は、顧客側に立つ構造。二つ目は、営業のインセンティブを、初回取引と継続契約で同等に扱う設計。三つ目は、属人性の資産化。順に書いていきます。

まず一つ目、顧客側に立つ構造です。

BtoB製造業向けソフトウェアの領域では、業界の標準的な売り方が、ほぼ決まっています。高額な初期費用を取り、年間契約で縛り、短い期間で投資回収する。受託開発に近い形なら、数千万円規模の初期費用を取ることも珍しくありません。近いサービスでも、初期費用2000万円、年間固定費300万円というあたりが、よくある相場です。

これは事業側から見ると、合理的な売り方です。初期費用で開発投資を回収し、年間契約で売上を安定させ、短期で利益を確定させる。財務的にも説明しやすい。ただ、顧客側から見ると、構造はだいぶ違って見えます。リスクは、ほぼ全部、顧客が負っています。最初に大きな金額を払い、年間で縛られ、合わなくても抜けられない。導入してみて期待と違っても、引き返しにくい。

自分が作りたい構造は、これとは逆です。月額98,000円。初期費用は最小限。月次解約可能。リスクは、事業側が負う。顧客は、合わないと思えば、いつでも辞められる。

こう言うと、「それは事業として成立しないのではないか」と聞かれます。実際、業界の常識からは外れています。ただ、これは事業構造を真面目に再設計すれば、十分に成立する形だと考えています。詳しくは第8回で書きますが、UI・UXから逆算した要件定義、AIエージェントの活用、そしてパートナー企業との協力関係。この三つが組み合わさることで、業界では本来3億円規模かかる開発を、構造の見直しで一桁圧縮できる手応えがあります。初期費用を取らずに済むのは、開発投資そのものを抑えられる構造を持っているからです。月次解約に耐えられるのは、顧客に解約されない価値を出し続けるしかない構造に、自分たちを置いているからです。

「顧客第一」と理念で書くのは簡単です。ただ、年間契約で縛る売り方をしている限り、顧客は本当の意味では第一にはなりません。なぜなら、顧客は離れられないからです。離れられない相手に対して、人は無意識のうちに、対応の質を落とします。これは性格の問題ではなく、構造の問題です。

逆に、月次解約可能という構造を入れた瞬間、事業側は嫌でも顧客に向き合うしかなくなります。今月いい価値を出さなければ、来月には辞められる。これは事業側にとっては厳しい構造ですが、その厳しさを最初から自分たちに課しておくことで、「顧客第一」が理念ではなく日々の判断の前提になります。理念を口で言うのではなく、理念に従わざるを得ない構造を作っておく、ということです。

二つ目の思想は、営業のインセンティブを、初回取引と継続契約で同等に扱う設計です。

ここは、月次解約・低初期費用と並ぶくらい、自分が大事にしている構造です。事業構造で月次解約を選んでも、社内の営業インセンティブが新規受注に偏ったままだと、構造は必ず崩れるからです。

業界の標準的な営業インセンティブは、新規受注に大きく傾斜しています。新規契約を取った瞬間に、その営業に対して大きな報酬が支払われ、継続契約のほうは「当たり前」として、報酬が薄いか、ほぼゼロ。この設計は、組織の力学として「営業は新規だけを取りに行く」方向に強く働きます。

この力学は、月次解約・低初期費用という事業構造と、根本的に矛盾します。月次解約という構造は、毎月顧客に評価され続けるモデルであり、継続こそが価値の本質です。それなのに、営業の力学が新規だけを取りに行く方向に働けば、契約後の顧客は放置されがちになり、解約が増え、月次解約の構造が崩壊します。事業構造として顧客側に立っているつもりでも、社内のインセンティブ設計が顧客と逆を向いていれば、現場の行動は必ずインセンティブのほうに流れます。

だから、自分たちは、営業のインセンティブを、初回取引と継続契約で同等に扱う設計にしたいと考えています。新規受注と同じ重みで、継続を生み出した営業を評価する。契約後も顧客と関係を持ち続け、価値を実現させた営業が、新規を取った営業と同じだけ評価される。これも、理念ではなく構造です。インセンティブ設計は、契約書と同じくらい強い力で、現場の行動を決めます。だからこそ、ここに思想を埋め込む必要があります。

このインセンティブ設計は、第2回で書いた「三つの目的の同時成立」を支える、もっとも具体的な仕掛けの一つでもあります。継続を重視する設計は、顧客にとっての価値を高め、社員に短距離走を強いず、会社にストック収益をもたらします。社員・顧客・永続の三つを、同じ方向に揃える力を持っています。

三つ目の思想は、属人性の資産化です。

製造業の現場には、ベテランの勘所が大量に埋まっています。長年の経験で培われた、あの判断、あの感覚、あの手順。これらは、その人の頭の中だけに存在していて、外からは見えません。多くのソフトウェアは、こうした属人性を「排除すべきもの」として扱います。誰がやっても同じ結果が出るように、業務を標準化する。属人性は悪だ、という前提です。

自分たちは、ここに違う立場を取っています。属人性は、排除すべきものではなく、資産化すべきものだと考えています。

ベテランの勘所は、たいてい、何かしらの観察と判断の蓄積から生まれています。ただ、本人がそれを言語化できていない。なぜそう判断したのか、後から聞かれても、「経験で」としか言えない。これを、データと数値で裏付けて、構造として取り出す。誰がやっても同じ結果が出るようにするのではなく、ベテランが何を見て、何を判断していたかを可視化する。これが、自分たちの主力商品であるSFI(製造業向けデータ解析ソフト)の設計思想です。

属人性を排除すれば、現場は均質化するかもしれませんが、強さは失われます。属人性を資産化すれば、強さを保ったまま、組織の中で再現可能になります。これは、人を信じるか信じないかの違いでもあります。性弱説の組織は、属人性を排除しようとします。性強説の組織は、属人性を資産化しようとします。前回書いた人の話と、ここで地続きにつながっています。

つまり、自分たちが事業構造に埋め込んでいる思想は、三つです。顧客側に立つ構造(月次解約・低初期費用)、営業インセンティブの再設計(初回取引と継続契約を同等に扱う)、属人性の資産化(現場の知見を排除ではなく可視化と裏付けで活かす)。この三つを、理念ではなく事業構造そのものに埋め込んでいます。

事業構造に思想を埋め込むというのは、いざやってみると、相当きつい選択でもあります。月次解約は、毎月、顧客に評価されることを意味します。気を抜けば、来月には解約通知が並びます。低初期費用は、開発投資を時間をかけて回収するしかないことを意味します。最初の数年は、財務的に余裕がありません。継続契約を新規と同等に評価するインセンティブは、短期の営業推進力としては、新規偏重の設計に劣るかもしれません。これは、事業側にとっては明らかに不利な構造です。

ただ、その不利な構造を、最初から自分たちで選んでいることに意味があると思っています。後から「やっぱりきついから年間契約にしよう」「やっぱり営業は新規に集中させよう」と変えれば、思想は崩れます。最初に構造として埋め込んでおけば、簡単には崩れない。未来の自分が楽な方に流れないように、最初に退路を断っておく、ということです。

ここまで、事業構造に思想を埋め込むという話を書いてきました。月次解約と低初期費用、初回取引と継続契約を同等に扱う営業インセンティブ、属人性の資産化。これらは、理念で語る顧客第一とは違う意味で、顧客に向き合うことを構造として強制する仕組みです。

ただ、どれだけ顧客側に立つ事業構造を作っても、組織のほうが顧客から離れていけば、その構造は機能しません。

次回は、顧客との距離を組織構造でどう守るかを書きたいと思います。

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